3. 現在の状況:システム的な視点

システム的な思考に欠けるビジョンは、未来の美しい絵を描くだけで、そこへ至るために必要な力を深く理解することはない。

ピーター・センゲ

3.1 システム思考がなぜ重要なのか

250年前には、地球上の人口は10億人未満でした。

当時は、地球の資源やそれら資源に対する人間の需要に応える地球の回復力が、無限であるかのように思われていたことでしょう。

そのため、その時代に誕生した古典経済学が、私たちが限られた資源の世界に住んでいるという事実を考慮していなかったのも不思議ではありません。この考え方は、長期的な影響を考慮することなく、より多くのものを生産し、消費し、廃棄するというビジネスのあり方を、何世代にもわたって支えてきました。

現在では、地球の人口は75億人を超え、2050年までにさらに20億人が加わると予測されています

産業化と急激な成長は、大きな代償を伴いました。気候変動によって引き起こされる、かつてないほど極端な気象現象により、農作物の収穫量は減少しています。多くの地域で淡水が不足し、かつては豊富だった天然資源の一部は、今では入手困難で高価なものとなっています。制度への信頼は揺らぎ、不平等感も高まっています。こうした危機 (図3.1), の深刻さを認識した世界各国の政府は、2015年に国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を立ち上げました。これは、国家から企業まで、全ての人に行動を呼びかけるものです (図 3.2)。

私たちの経済システムは破綻しています

簡単に言えば、私たちの経済システムは世界中の何億人もの人々のニーズを十分に満たすことができていません。さらに、私たちのビジネスの進め方は、人類が依存している地球のサービス―きれいな空気、淡水、豊かな生物多様性、安定した気候、資源へのアクセスなど―を劣化させています。

システム的な対応が必要です

「人」、「地球」、「利益」のいわゆる「トリプル ・ボトム・ライン [1] は、かつてないほど密接に関連し合っています。しかし、私たちはその本当の意味を改めて見直す必要があります。直面している地球規模の課題は、非常に複雑で相互に関連しています。つまり、それらは「システム的」なものであり、取り組むにはシステムに基づくアプローチを取らなければなりません。

図3.1:この「ドーナツ」は人類が安全に活動できる空間を表しています。ドーナツの内側は、誰もが不足させてはならない人々のウェル・ビーイングを支える社会的基盤、外側は誰もが超えてはならない https://benchmark.futurefitbusiness.org/mg-systems-view.html。出典:Doughnut Economics [2]

社会と自然がともに繁栄しなければ、ビジネスの繁栄はありません

ビジネスは、社会が健全でなければ繁栄することはありません。そして、社会は、健全な自然環境によってそのニーズが満たされる場合にのみ、初めて栄えることができます。この「入れ子になった依存関係」と表現するのが最もふさわしい関係が、世界経済の仕組みを理解するには重要なポイントになります。

私たちは、ビジネスの進め方をどう変えるべきか、どれほど変える必要があるのかを明確にするために、こうしたシステム的な相互依存関係を認めなければなりません。そうすることで初めて、私たちはSDGsを達成し、社会的に公正で、経済的にインクルーシブで、環境的に再生可能なFuture-Fitな社会への道を歩み始めることができるのです。

今後、非常に大きな課題があります

経済システムには本質的な欠陥があり、私たちを一気に誤った方向へと導いています。もはや表面的な修正で解決できません。

むしろ、私たちは全ての経済主体が迅速かつ根本的な変革を協調して進められるよう、支援と促進が必要です。そのためには、21世紀において「価値の創造」とはどのような意味なのかを根本から見直す必要があります。まずはそこから、始めましょう。

図3.2:国連の持続可能な開発目標

         持続可能な開発目標
SDG 1 貧困をなくそう
あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ
SDG 2 飢餓をゼロに
飢餓を終わらせ、食糧安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を推進する
SDG 3 全ての人に健康と福祉を
あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する
SDG 4 質の高い教育をみんなに
全ての人々に包摂的かつ公平な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する
SDG 5 ジェンダー平等を実現しよう
ジェンダー平等を達成し、全ての女性および女児の能力強化を行う
SDG 6 安全な水とトイレを世界中に
全ての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する
SDG 7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
全ての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的なエネルギーへのアクセスを確保する
SDG 8 働きがいも経済成長も
包摂的かつ持続可能な経済成長および全ての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する
SDG 9 産業と技術革新の基盤をつくろう
強靭(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進およびイノベーションの推進を図る
SDG 10 人や国の不平等をなくそう
各国内および国家間の不平等を是正する
SDG 11 住み続けられるまちづくりを
包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市および人間居住を実現する
SDG 12 つくる責任 使う責任
持続可能な生産消費形態を確保する
SDG 13 気候変動に具体的な対策を
気候変動およびそのインパクトを軽減するための緊急対策を講じる
SDG 14 海の豊かさを守ろう
持続可能な開発のために、海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する
SDG 15 陸の豊かさも守ろう
陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復および生物多様性の損失を阻止する
SDG 16 平和と公正を全ての人に
持続可能な開発のために平和で包摂的な社会を促進し、全ての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する
SDG 17 パートナーシップで目標を達成しよう
持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

3.2 価値の創造に対するシステムの視点

私たちは皆、行動しなければならないことを理解しています

今日の地球規模の課題をこのまま放置すれば、地球の自然界のプロセス、人類の社会構造、そして経済活動全体が危機にさらされます。この状況は、集団的な行動を求める強い道徳的責任を生み出します。

徐々に多くのビジネス・リーダーが、考え方を見直す必要があることを認識し始めています。投資家もまた、自らが保有する金融資産が予測不能なリスクにさらされていることに気づき始めています。では、なぜビジネス界は、その豊富なリソースを活用して、迅速かつ根本的な変革を起こすことができないのでしょうか?

その答えは一つではありません。CEOや取締役会は、長期的な価値ではなく、短期的な利益に集中せざるを得ないと感じることが多いのです。投資家の多くも、次の四半期の業績のその先を見ようとはしません。政府も、グローバルな課題に対応するためのインセンティブや規制の適応が遅れています。さらに、企業が直面する深刻な課題が多すぎて、何が本当に重要なのかを見極めるのが難しくなっています。

これら全ての要因は、経済システムの根本的な問題の症状です。つまり、価値の創造について近視眼的に意味をとらえられて、真の変革をもたらすゲーム・チェンジャーが見過ごされ、軽視されてしまっているのです。

株主価値の創造は根本的な欠陥がありました

かつては、環境を含む他の利害関係者に犠牲を強いる可能性があったとしても、株主価値の創造こそがビジネスの唯一の目的であるとされていました。利益を独占し、損失を社会に押し付けることができる企業ほど、成功者になれたのです。 しかし、1970年代に入ると、急速に増加する人口を抱える限りある地球では、このような行動は持続可能ではないという証拠が、次々と明らかになりました。 [3]

企業の社会的責任はわずかな改善しかもたらしませんでした

この事実への認識が高まるにつれて、企業が社会や環境に及ぼすマイナスのインパクトに対して説明責任を果たす手段として、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility、CSR)やサステナビリティ報告に関する事項が考案されました。

しかし、世界の一部では有毒廃棄物の河川投棄といった極端な行為が抑制されましたが、残念ながら、根本的な変化はほとんど見られません。最も好意的に見ても、議論の視点が「いつもどおりのビジネス」から「いつもどおりの変化」へと移行した程度です。

グローバル・レポーティング・イニシアチブ(Global Reporting Initiative)[4], などの組織の努力にもかかわらず、社会的・環境的なコミットメントとその進捗状況を、同一の、明確かつ比較可能な方法で説明している企業は二つとありません。パフォーマンスを調整して比較する適切な尺度がなければ、意識の高い投資家や消費者でさえも、社会を正しい方向へ導こうと最も意欲的に取り組んでいる企業を見極めることはできません。

その結果、グローバルな課題を悪化させるビジネス・モデルを持つ業界でさえ、企業の多くは、同業他社よりも前年度に比べて「それほど悪くない」存在となるように懸命に努力しつつも、従来通りの活動を続けています。しかし、「それほど悪くない」程度を目指すだけでは不十分なのです。

共有価値の創造は、「正しいことを行うこと」を機会として捉えました

数年前、「共通価値の創造(Creating Shared Value, CSV)」という言葉が生まれました [5]。これは、企業が自社の中核となるビジネスと社会課題が重なる部分で収益を上げる方法を見出すことで、財務的成果を重視し続けることが可能になるという考え方を表します。

従来のCSRがビジネス・コストとみなされることが多かったのに対し、CSVは「正しいことを行うこと」を成長の機会と捉えます。そして、それは確かに機会になります-「正しいことを行うこと」が何を意味するのかを本当に理解していれば、です。ここに課題があります。

現代の企業は、市場、コミュニティ、生態系など、複雑でつながりのあるシステムの中で活動しています。そのような環境では、因果関係を直線的にとらえることが難しくなっています。ある領域での行動が、別の領域では望ましくない結果を招く可能性があります。CSVアプローチを採用する企業が、誠意をもってある課題を解決しようとして、また別の課題を生み出してしまう可能性もあります。こうしたトレードオフは許容されるのでしょうか?許容される可能性はありますが、トレードオフの実態が分からなければ判断することはできません。

企業のプラスの影響やマイナスのインパクトが及ぶ範囲を全て理解するには、「システム価値の創造」という視点が必要です

ビジネス上の意思決定には常にトレードオフの可能性があります。しかし、システム・ベースのアプローチを取ることで、予期せぬ課題を特定できるようになります。これにより、ネガティブなトレードオフを事前に予測し、回避し、少なくとも対処することができます。

このような全体的な意思決定が標準となれば、自然環境や社会的構造へのダメージを回避し、そして最終的にはそれを回復させることができます。これこそが、(図3.3)の「システム価値の創造」の意味するところです。

Future-Fitビジネス・ベンチマークは、この考え方を企業が実践できるようにするために開発されました。その第一歩は、現代のビジネスを取り巻くシステムの文脈を検証することでした。

図3.3:システムの視点から価値創造を再考する

3.3 システムの視点からみた世界

システムとは何ですか?

システムとは、相互に関連し相互に依存し合う複数の要素が、共通の目的を達成するために一体となって機能する集合体と定義できます。[6]

システムの目的は常に明確であるとは限りません。実際にシステムが行っていることは、元々意図されていたことや人々が想定していることとは異なる場合があります。したがって、実際の行動と意図された行動の違いによる混乱を避けるために、システム科学者は通常、システムの目的を単に「それが実際に行っていること」として捉える傾向があります。[7]

システムはどのように機能するのでしょうか?

全てのシステムは、より広い文脈の中で機能しています。なぜなら、システムの存在は他のシステムに依存し、また他のシステムに影響を与える可能性もあるからです。

目的を果たすために、システムは1つ以上のインプットをアウトプットへと変換します。このプロセスを理解するためには、システムを次の4つのレベルで捉えることができます。それぞれのレベルが次のレベルに影響を与えます。1

  • ドライバー(Driver): より広い文脈から生じるシステムに影響を与える力を指します。システムの能力に影響を与え、その目的を形作ります。
  • 構造(Structure): システムの物理的な構成要素と、それらが組織化された仕組みを指します。これらの構造により、インプットを取得し、アウトプットへと変換するための必要なプロセスが実行されます。
  • 行動パターン(Patterns of behaviour): 時間の経過に伴うシステムの行動の仕方を指します。行動パターンの多くは「発生」するものです。システムの各要素の相互作用によって生じるため、個々の要素を単独で観察しても予測することはできません。
  • 結果(Outcome): システムの存在によって生じる、システム自体とその周囲の両方に生じる変化を指します。これには、インプットの消費とアウトプットの生成による(意図的された、または意図されていなかった)影響が含まれます。

これらの4つのシステムのレベルは、多くの場合、氷山の階層として視覚化されます。最下層にあるのが「ドライバー」です。現実世界のシステムでは、最上層の「結果」のみが目に見えることが多いためです 図3.4を参照)。

このモデルについては後ほど改めて取り上げ、Future-Fitな社会が実現すべき理想的で測定可能な結果のセットを包括的に特定するために活用します。

図 3.4: 氷山のシステムモデル

まずは、世界を相互に関連するシステムのネットワークとして捉える必要があります。

自然システムとは何ですか?

自然システムとは、人間の関与なしに自然界に存在するシステムです。[8] 最も高いレベルでは、地球は4つの相互依存する自然システム-大気圏(atmosphere)、岩石圏(lithosphere)、水圏(hydrosphere)、生物圏(biosphere)―から成り立っています。[9]

生物圏には全ての生物が含まれますが、さらに広範で多様な生態系の集合体として説明することもできます。全ての生物はそれ自体がシステムです。分かりやすくするために、ここから先はこの自然システムのネットワークを環境と呼ぶことにします。

社会システムとは何か?

社会システムとは、個人、グループ、組織間の相互関係がパターン化されたネットワークであり、一体的な全体を形成するものです。[10]

社会全体は、相互依存する社会システムの多層的なネットワークです(図3.5をご参照ください)。実際、大規模な社会的側面を語る際には、法制度、交通システム、世界経済システムなど、「システム」という用語を明示的に使用することがよくあります。

より細かいレベルでは、都市、家庭、大学、そして企業も社会システムに含まれます。

社会システムが何をするか、つまりどのような結果を目指すかは、その社会における役割によって異なります。例えば、効果的な政府は、教育や医療などの重要なインフラを維持し、国民にサービスを提供します。企業は、財やサービスを生み出し、それらを販売することで所有者に財務的リターンをもたらし、従業員には収入を提供し、ビジネスの発展を支援します。学校について意図されるアウトプットの一つは、教育を受けた個人を育成することです。教育を受けた個人は、学んだことを活かして、他の社会システムの活動に貢献できるようになります。

Future-Fitな社会になるためには、全ての社会システムがFuture-Fitである必要があります

全ての社会システムは他の多くのシステムに依存し、またそれらに影響を与える可能性があります。そして、それぞれがFuture-Fitな社会への移行において役割を果たさなければなりません。しかし、それは具体的にどのような意味なのでしょうか?社会的に公正で、経済的にインクルーシブで、環境的に回復可能な未来に向けて共通の進路を歩むためには、各社会システムはどのように行動すべきなのでしょうか?

この問いに答えるためには、全ての社会システムが機能する3つの主要な文脈、つまり環境的文脈、社会的文脈、そして経済的文脈を検討する必要があります。

図3.5:社会は、健全な環境に完全に依存する、相互依存する社会システムの多層的なネットワークである。

3.4 環境的文脈

地球は、社会に対して3つの重要な生態系機能を果たしています。

まず、地球は重要な生命維持システムを維持しています

全ての生命は、何百万年にもわたり進化してきた自然のプロセスに依存しています。これらのプロセスは、特に、空気や水の品質や気候を調整し、農作物を育て、嵐を防ぎ、生物多様性を維持しています。

次に、地球は原材料とエネルギーを提供しています

「太陽から得るもの」(太陽光エネルギー)を除けば、私たちの資源は全て地球から授かったものです。前述の生命維持システムのおかげで、魚や樹木など多くの天然資源が時間をかけて生まれ変わります。しかし、あまりにも過剰な量をあまりにも早く使用すれば(例:森林伐採、乱獲など)、自然の再生能力は損なわれます。

地殻から採掘される鉱物は限りある資源です。一度使うと永久に失われるものがあります(例:化石燃料)。その他(例:金属)は、使用後に回収すれば理論上は永久に使用し続けることができます。

最後に、地球は廃棄物を吸収しています

廃棄物は、人類のシステムに特有の特性です。自然界では、全ての物質(枯れた植物や動物)は他の生物によって吸収され、分解されます。

現在大きな問題を引き起こしている廃棄物は二種類あります。一つ目は、自然界には存在しない人間が作り出した物質(例:プラスチック、CFC)で、自然界にはそれらを無害な方法で分解する仕組みがまだありません。二つ目は、自然界に存在するものの、人間が大量に、あるいは自然界のバランスを崩すほど排出するもの(例:空気中の二酸化炭素、海洋中の窒素化合物)です。

どちらのタイプの廃棄物も、食物連鎖に毒素をもたらしたり、大気中の熱を閉じ込めたりすることで、化学的または物理的に環境に影響を及ぼす可能性があります。その結果、私たちが頼りにする生命維持システムも破壊されてしまいます。

環境的文脈における社会システム

現代の社会システムは、3つの生態系機能全てに深刻な影響を及ぼしています。

どの社会システムも、エネルギー、淡水、そして天然資源から得られるさまざまな財がなければ成り立ちません。これらの資源は、採掘、栽培、または自然からの収穫などによって得られ、さまざまな方法で変換されますが、ほとんど全てのバリュー・チェーンは 取る・作る・捨てる という直線的なアプローチを取っています。このプロセスの各段階では、私たちの生産・消費の方法が意図しない副産物を生み出し、それらは回収されて廃棄物として処理されるか、汚染物質として自然環境に放出されます。いずれの場合も、元の天然資源が社会にもたらす本来の価値は失われてしまいます。

また、全ての社会システムは、畑や建物、さまざまな物理的インフラなど、物理的存在を伴います。私たちの空間へのニーズが高まるほど、自然環境への圧力はかつてないほど強まり、私たちのニーズを支える自然の能力も制限されつつあります。

注:自然資本(Natural Capital)

私たちが恩恵を受けている地球資源は、時に「自然資本」と呼ばれます。この用語は、自然から授かっているサービスを他の種類の資本(例:金融資本や人工資本)で代替できるという誤解を招く可能性があります。しかし、きれいな空気や肥沃な土壌など、多くの天然資源は生命に不可欠であり、代わりになるものはありません。しかし、「資本」という言葉を「富を生み出す資産」と捉えるならば、「自然資本」という用語は有用です。私たちは自然資本を枯渇させてはなりませんが、その「利息」で生活することは可能です。

3.5 社会的文脈

インクルージョン、レジリエンス、信頼は社会の成功にとって極めて重要です。

誰もが充実した人生を送る能力と機会を持つべきです2

何十億もの人々が何らかの形で貧困の中で暮らしている現状を踏まえると、私たちの経済が目的に適していないことは明らかです。

あらゆる社会システムが、社会全体で繁栄するためには、それに貢献する人々のウェル・ビーイングが大きく関わってきます。これは、人々が常に幸せであるべき、という意味ではなく、全ての人が基本的なニーズ(例:食料、住居)を満たし、より高いニーズ(例:意味のある人生、創造性)を追求できる状態であるべき、ということです。3

これらは、どちらの側面も重要です。基本的なニーズのみに焦点を当てれば、人々は生き延びることはできても、繁栄し成長することはできません。同様に、より高いニーズを追求するためには、まず基本的なニーズが満たされている必要があります。

人々が基本的なニーズを満たし、より高いニーズを追求するためには、次の3つが必要です。

  • それを実行する身体的能力 (身体的/精神的な健康を含む)
  • それを実行する精神的能力 (関連するスキルや能力を含む)
  • それを実行する機会 (社会的な公正、経済的インクルージョン、信頼できる関係を通じて)。

中でも、いくつかの基本的なニーズは人々のウェル・ビーイングにとって非常に重要であるため、それらへのアクセスは基本的人権として認識されています (図3.6を参照)。[2] [13]

人間は社会的な生き物です

愛情や社会参加などのより高度なニーズは、他者との関わりの中でしか満たされません。社会とは、個々の人々だけでなく、私たちがどのように社会システムを築き、それらが互いにどのように相互作用しているかによって特徴付けられます。

図3.6:「基本的なニーズ」とは、全ての人が必要とするものを指します

人間の基本的なニーズ
SDGsからの引用、出典:ドーナツ経済学
十分な(栄養価の高い)食糧
安全な と清潔な トイレ
エネルギー と炊事設備
快適な 住居
教育
ヘルスケア
コミュニケーション・ネットワーク
社会支援のネットワーク
上記のニーズをまかなえる 収入

これは私たち全員が依存している社会の構造です。社会の強さは、その構成要素同士の関係の強さにかかっています。もし社会の構造が崩れると、私たちが繁栄する力も衰えます。

社会構造の質とレジリエンスが非常に重要です

では、社会構造を劣化させないためにはどうすればよいのでしょうか?最先端の科学 [14] によれば、社会の健全性は複数の要因に依存しています。レジリエンス(新しい状況に適応し、危機に耐える能力)に不可欠なのは、ダイバーシティ、学習、そして自己組織化の能力です。定義や価値観の共有も重要です。これらの要因は全て重要ですが、それら全てを支えるもう1つの要素があります。それは「信頼」です。

信頼は社会の接着剤として機能します

信頼は、腐敗の少なさ、民主主義の安定、相対的な経済的平等と関連しています。平等の水準の高さは、多くの社会問題(例:自殺、薬物乱用、肥満、暴力)の減少と相関しています。[15]

社会は巨大で複雑です。「信頼」が不可欠なのは、あらゆる物事が、協調的な行動と責任の分担によって機能しているからです。しかし、信頼を築くための近道はありません。信頼を得るには、まず、自分が信頼できる存在として認められることが必要です。

社会的文脈における社会システム

信頼は、時間をかけて築かれるものです。人々が一貫して約束を守り続け、他者の利益のために行動しようと努めることで育まれます。つまり、全ての社会システムは、共通のインフラに対して公平に貢献すること、参加者やその他の利害関係者のウェル・ビーイングを促進すること、自らがもたらすマイナスのインパクトの範囲を明らかにすること、またそのインパクトを時間をかけて改善しようとする意欲を持つことが求められます。

3.6 経済的文脈

システム・アプローチから見た「成長」と「価値」

経済成長は続けられるのか?そして、続けるべきか?

政治家、投資家、CEOに「成長は良いことか?」と尋ねれば、力強く「はい」と答えるでしょう。一方で、環境問題に関心のある人々は、同じくらい強く「いいえ」と答えるかもしれません。

このように意見が分かれるのは、社会に関心を持つ回答者とそうでない回答者がいる、という理由によるものではありません。それぞれが異なる視点で「成長」の意味を捉えていることが原因です。これらの視点の違いを調和させるためには、成長を、システムというレンズを通して考える必要があります。

経済成長には4つのタイプがあります

システムという視点から捉えると、経済成長には次の4つのタイプがあります。[16]

  • タイプ1-生物物理学的スループットの成長: これは環境から取り出す(そして廃棄する)原材料の量です。地球が有限である以上、このタイプの成長を無限に続けることはできません。
  • タイプ2-生産と消費の成長: 社会に流通する財やサービスの量であり、国内総生産(GDP)で測定さるものとほぼ同じです。このタイプの成長は本質的には悪いものではありません。例えば、人口が増加すれば、より多くの食糧を生産し、消費することになります。
  • タイプ3-経済的福祉の成長: 人々が充実した生活を送る能力と機会、特に基本的なニーズが満たされる程度を表しています (図3.6)。このタイプの成長は、タイプ2と強く関連していますが、単純な関係ではありません。
  • タイプ4-天然資源の成長: 光合成などの自然のプロセスを経て再生されるバイオマス(魚、木材など)の量や、その再生を可能にする生態系機能(淡水、肥沃な土壌など)の健全性に関するものです。このタイプの成長は、消費可能な原材料を増やし、私たちが依存する自然システムを豊かにします。

タイプ3と4の成長は、前述の社会的不平等から食糧安全保障に至るまで、地球規模の多くの課題解決に直接貢献できるため、間違いなく「良い」成長です。一方で、私たちが地球の自然システムの能力をはるかに超える要求をしていることを踏まえると、タイプ1の成長には問題があります (図3.7をご参照 ください)。

タイプ2については、生産の増加によって状況が悪化する(例:生態系の破壊を引き起こす)可能性があります。また、過剰消費も同様に問題となる(例:一度しか使えない製品が大量のリサイクル不可能な廃棄物を生む)可能性があります。

私たちの成長の追求には欠陥があります

今日の世界経済は、他の3つの成長タイプとの関連性やその程度に関係なく、ほぼ例外なくタイプ2の生産と消費の成長に焦点を当てています。なぜでしょうか?それは、財やサービスが売買されるときにお金が動くからです。そして、私たちの経済システムは、金銭的な利益と価値創造を同一視するように進化してきました。

図3.7:システムの視点から見た経済成長の4つのタイプ

この理由を理解するには、先に紹介した氷山モデルを使うと分かりやすいでしょう(図3.4をご参照ください)。私たちの経済における主要なドライバーは、GDPの追求です。これは第二次世界大戦直後から、世界中の全ての主要国がこの指標の最大化を目指してきたことに起因します。[17] この流れが、今日の社会システムの構造や行動パターンを形作ってきました。

例えば、中央銀行や政府は、金利やその他の要素を用いて「経済成長」を促そうと多くの労力を費やしています。彼らは借入や支出のパターンを絶えず調整しながら、終わりのない成長を追求しているのです。また、企業が合法的に認められる中で最も安価な方法を選ぶこともその一例です。たとえその方法が、廃棄物を生み出し、原材料を過剰に採取し、税負担を軽減するための巧妙な抜け道を使い、労働基準の低い地域に業務をアウトソーシングする結果になるとしても、それは仕方がないものとして片付けられてしまうのです。

このようなマイナスのインパクトが生じてしまうのは、意思決定者が社会的・環境的な懸念に無関心であるからではありません。これは、彼らが活動している経済的文脈が、望ましい結果を促すものになっていないためです。

経済的文脈における社会システム。

数多くの企業や都市などが「トリプル・ボトム・ライン」の結果を追求する模範的な取組みを進めていますが、それらの成功の多くは、システムによって支えられた成功というよりも、むしろシステムがあるにもかかわらず達成されたものです。また、環境的または社会的に明確な利益をもたらす取組みであっても、全面的に受け入れられるのは、それが経済的利益も明らかにもたらす場合に限られることが多いのです。システムのドライバーは、システムが何をどう行うか全てに影響を与えます。私たちの経済システムがGDP(つまりタイプ2の成長)のみを追求している限り、回復可能な結果がもたらされるのは例外のままで、一般化することはありません。タイプ2の成長が望ましいものとなるのは、タイプ1から切り離され、かつ福祉の向上や自然システムの再生といったタイプ3またはタイプ4の成長に貢献する場合に限られます。

これこそが「良い成長」の意味であり、私たちは経済システムを、このような成長を認識し、評価する方向へと再構築しなければなりません。魔法のような解決策はありませんが、社会システムが連携して機能すれば、新しい成長のパラダイムが時間とともに生まれる可能性があります。つまり、社会規範、グローバル・ガバナンス、共通インフラ、そして市場メカニズムを変革することで、「正しいことを行うこと」が全ての経済主体にとって最も自然で、最も報われる選択肢となるようにするのです。

3.7 世界における私たちの立ち位置の再考

私たちは破壊的な結果を再生的な結果へと変えなければなりません。

すべての社会システムが、これからの移行において役割を果たさなければなりません

これまで見てきたように、社会は広大で相互に関連する社会システムの網です。ところが現在、これらの社会システムの活動は、自然界の健全性や私たちが依存する社会的基盤を体系的に損なうような、破壊的な結果をもたらしています。私たちが共通の成功への道を歩むためには、これらの破壊的な結果を再生的な結果に変えていかなければなりません。

図3.8では、これまで環境的文脈、社会的文脈、経済的文脈について学んだことを組み合わせて、すべての社会システムの活動を8つの重点領域に分類する方法を示しています。社会システムが世界に与えるインパクトは、意図的であれ、無意識であれ、プラスのインパクトかマイナスのインパクトかを問わず、必ずこの8つの領域のいずれかに該当します。

次の章では、それぞれの領域において適切な再生的な結果とは何かを明らかにし、Future-Fitな社会の特性を定義します。

図3.8:あらゆる社会システムが周囲の世界に与える影響は、以下の8つの重点領域に含まれる

重点領域 説明
エネルギー 全ての社会システムは、その目的が何であれ、エネルギーと水を必要とし、たとえ天然資源から得られた財の使用を通じて間接的なものであっても、天然資源に依存している。
天然資源
物理的存在 全ての社会システムは、建物、農地、道路など、何らかの形で物理的な存在がある
汚染 全ての社会システムは、通常その活動の結果として意図しない副産物を生み出す。その一部は廃棄物として管理され、他は汚染として外部に漏れ出す。
廃棄物
全ての社会システムは、その活動に参加し、その存在によって影響を受ける個人や集団といった人々に依存している。
ドライバー 全ての社会システムの構造、行動パターン、そして結果は、それが機能する文脈によって影響を受ける。

Bibliography

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[15]
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[16]
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[17]
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  1. システムがどのように機能するかを説明する方法は数多くあります。このセクションでは、ドネラ・メドウズ(Donella Meadows)の2009年の著書「システム思考入門 Thinking in Systems: A Primer」からシステムの特徴に関する記述を広く引用しています。[6]↩︎

  2. このウェル・ビーイングの考え方は、経済学者で哲学者でもあるアマルティア・セン(Amartya Sen)が提唱した「潜在能力アプローチ(Capability Approach)」に沿ったものです。ここでは、主観的な幸福感を高めることよりも、人々が自分たちにとって価値があると感じる人生を実現できる力を持つことが重視されています。[11]↩︎

  3. 基本的なニーズとより高いニーズの区別は、マズロー(Maslow)の「ニーズのヒエラルキー」に基づいています。 [12]↩︎